02 「……なあ」 年甲斐もなくじゃれ合う二人をじっとりと眺めつつ、彼は気だるげに口を開く。ライの声を聞いた二人はぴたりと制止して、一斉に視線を彼に向けた。 突然双方に目線を合わせられたライは、ひどく困惑した。人の視線を気にする性分を持っているために、意図せずとも視界が泳ぐ。声をあげようにも口は震えてうまく動かない。ルダはそんなライを暫しの間見つめていたが、にたりと再三笑ってそっぽを向いた。 ダリはというと、挙動不審になったライを不思議そうに見つつ立ち尽くしていたが、その原因が自分にあるとわかるとルダ同様くるりと背を向ける。ようやっと立ち去ったその視線にライは一息ついた。 それから、深呼吸を何度か繰り返し遠慮がちに言葉を並べる。 「イユがいねえんだけど……」 彼の言葉を聞いた瞬間、ダリとルダの時が止まった気がした。 動揺のあまり動くことを忘れた、というべきだろうか。二人は数秒間静止していた。ルダはにやけ面のまま微動だにしない、それどころかまばたきすらやめてしまっていた。ダリに関してはすっと我に返ると大袈裟にため息を吐き、ただでさえぼさぼさになっている髪を乱暴に掻いている。ぎりぎりと歯軋りを起こしながら。 予想外の反応にライは面食らい、ぽかんと口を開けていた。 「なんっで早く言わなかったんだよ!」 そして普段見ることのできないダリの食い付きに、小さく悲鳴を漏らしびくりと肩を跳ねた。そこまで大事なのかと言わんばかりに不安の色を映す瞳は、動揺している彼のみを描く。 ダリは人一人分の距離を詰めてライに近寄り、尚も落ち着かない様子で目線をさ迷わせる。片足の爪先を小刻みに地面に叩きつけながら、ぶつぶつと何かを呟いている様はぶっちゃけるとホラーである。 「いつからそれに気づいたんだい? ライくん」 すると焦燥しきっているダリの代わりに、幾分か冷静になったルダが問いかけた。相変わらず口許は笑っているものの、目が完全に据わっていた。こちらもホラー要素たっぷり増し増しである。 すっかり様子が変わってしまった二人にライは畏怖の念を抱かずにはいられなかった。 彼は黒兎に成ってから二番目に日が浅い。ということは、二人と仲間に成ってからまだ日が経っていないということにもなる。初めて見たその豹変ぶりに彼は危うく意識を失いかけた。 ルダはにっこりと微笑んでライの返事を待ち望んでいる。 「あ、えっと……あの、今さっきだけど……なんつーか、えっと……」 本来ならば、微笑んでこちらの言葉を待ってくれる相手には安堵を覚える。しかしライがおぼつかない足取りと口調できょどついたのは、相手がルダであったからだ。 ルダはまるで道化師のように常に笑みを絶やさない。それが彼のアイデンティティーであるらしいのだが、ピエロが苦手な人がいるように、ライもまた彼の飾られた笑顔を苦手としていた。否、恐らくルダの微笑を気味悪く思わない者はいないとすらいえる。 「今さっきネェ……ズンドコ音楽聴いてる君のことだから、あんまり周りのこと見ていないだろうし……。んー、結構前にはぐれちゃったカナ?」 卑しげに目を細めて大袈裟に言い放つと、わざとらしく顎に手を添えた。いかにも「演じています」とアピールしているこの行動も、ライは快く思えない。 「さっさと捜しに行かないと見失っちゃうカモ。……ねぇ?」 物言いこそ不穏に聞こえるが、声色と表情を見る限りは楽しそうである。ルダはよりいっそう笑みを深くすると踵を返した。 先程こそ「三人の男」と大法螺を吹いてしまったが、実際このメンバーの人数は四人である。そしてその残りの一人こそが、どういうわけか失踪してしまったようだ。 ライは未だ冷静になれていないダリの服の裾を掴む。この状態で声をかける勇気は彼にはなかったようで、裾をぐいぐいと引っ張るのがやっとだった。 よほど四人目のことが気がかりらしいダリは裾を何度も力強く引かれても爪先を地面に叩きつけることをやめる気になれなかったが、大きな舌打ちを一つしてルダの後を追う。 足早に駆ける無精髭の男の背をぼんやりと眺めて、ライは眼鏡をかけ直すと同じように走り出した。 が、ダリは突然立ち止まる。予測できなかった制止に、ライは彼の背中に鼻頭をぶつけた。悪い、と声をかけたいが喉につっかえて出てこない。漏れたのは蚊の鳴くような弱々しい吐息のみだった。 うなだれつつもダリの後ろから前を見やれば、何やらルダが地面に座り込み耳をぴんと立てている。 「……あ、何して……」 「静かにしろ」 疑問を投げ掛けるも、交わされた言葉は「静かにしろ」、ただその一言のみだった。訳がわからずに立ち往生していると、ダリもすっと目を閉じて耳を立てる。そこでライは理解した。彼らは音で四人目を捜そうとしていることを。 |